台湾・中国の対立はこんなところにも、台湾の地方自治体合併と名目上残る中華民国「台湾省」

南投・中興新村

台湾中部・南投に「中興新村」という都市があります。中興新村は1950年代に農地の中に建設された計画都市(人工都市)で、台湾・中華民国の「台湾省政府(台湾省庁)」が置かれていた場所です。冷戦時代から始まる台湾・中国の対立構造を感じさせる歴史的遺産のひとつです。

中華民国の一部としての「台湾省」

第二次世界大戦後、日本統治が終わった台湾を接収した蒋介石率いる中国国民党政府は台湾本土出身者(本省人)を粛清・抑圧する独裁体制を敷き、紆余曲折がありつつも、最終的に「台湾省」を設置するにいたりました。この時は中国にある「○○省」と呼ばれる行政区域のひとつとして台湾省ができたわけです。

「台湾省」が「中華民国」の98%以上に

ところが中国国民党が内戦で中国共産党に負け、一部の小島を除き、中国大陸にあるほとんどの領土を失ってしまい、台湾に逃げ込んだあたりからおかしなことになっています。

中国国民党が把握している領土は一部の小島を除き台湾のみです。でも中国国民党としては中華民国が中国全土を統治するべき(=中国共産党が作った中華人民共和国は無効)と言う建前と面子で、「台湾省」をそのまま残しました。

しかし以下の行政区域一覧を見ればある程度お分かりかと思いますが、中央政府直轄の台北市と高雄市、そして福建省の2県を除くと「 「台湾省」が面積で見ると中華民国が実際に統治していた地域の98%以上を占め、二重行政で非効率な事この上ない状態となりました。

中央政府
  • 台北市
  • 高雄市
  • 台湾省
    • 基隆市、新竹市、台中市、嘉義市、台南市、台北県、宜蘭県、桃園県、新竹県、苗栗県、台中県、彰化県、南投県、雲林県、嘉義県、台南県、高雄県、屏東県、花蓮県、台東県、澎湖県(澎湖島)、全5市・16県
  • 福建省
    • 金門県(金門島)
    • 連江県(烏坵島、馬祖島)

ちなみに福建省の2県といっても、実際は中国大陸沿岸部の小島、地図では縮小すると点にもならないほどの大きさです。

例えば大阪府と大阪市の合併で、二重行政を解消しようと言う話がありましたが、重なっていると言っても、大阪市の割合は大阪府と比較して面積で10%、人口比で30%です。「台湾省」が如何に無駄な状態だったか想像いただけると思います。

ナンバープレートの大部分は「台湾省」ナンバー

台湾省ナンバープレート
台湾省ナンバープレート

上記のような行政区分を象徴していたのが台湾のナンバープレートでした。中国大陸に近い金門県(金門島)・連江県(烏坵島、馬祖島)を除くと、ナンバープレートの地名は 「台北市」「高雄市」「台湾省」3種類のみになりました。

しかし全5市・16県をカバーする「台湾省」ナンバーが大多数となり、北の基隆も南の台南もみんな「台湾省」ナンバー。これではナンバープレートに地名を記載する意味がありません。2012年頃から地名標記を徐々に廃止するまでこの状態は続きました。

自分こそ中国(China)、「中華民国」のメンツ

ここまでして「台湾省」に「中華民国」が拘ったのは、蒋介石と毛沢東の時代は中国全土の覇権を懸けて争っていたからです。

例えば、オリンピックに選手団を送る時の国名表記。当時の国民党政権は「Taiwan」、「Formosa」など、「台湾」表記を徹底拒否し、「中国」、「中華民国」などを主張。色々揉めた挙句、「中華台北(Chinese Taipei)」という訳の分からない名称に落ち着く・・・こんな時代だったのです。

覇権争いから降りたい台湾

ところが長い月日がたち、1988年に「中華民国」初の本省人(台湾本土出身者)総統として李登輝総統が就任。この頃になると流石に外省人(第二次世界大戦後に中国から逃げてきた人々とその子孫)であっても本気で「戦で中国大陸の領土を取り返すんじゃ!」と考える人はほとんどいなくなっていました。少なくとも本省人にとって中国大陸はお隣であっても失った領土ではありません。

中国国民党:俺が中国だ!
中国共産党:何言っているんだよ?俺こそ中国だよ!お前は台湾だろ!
中国国民党:俺やっぱ台湾でいいや、中国はおたくで・・・どうぞどうぞ!
中国共産党: えっ!

・・・と、気づいたら、中国共産党=中華人民共和国にとってはいつの間にか「ダチョウ倶楽部の上島竜平」状態になってしまいました。

更に民主化した「中華民国」では中国国民党の独裁が終わってしまい、中国国民党が台湾側の代表とは限らなくなりました。また中国国民党自身も台湾出身者・台湾生まれがほとんどとなり、中国の政党としての性格をほとんど失ってしまいました。喧嘩相手が事実上消失してしまったのです。

現在の構図は・・・

  • 形骸化した「中華民国」の看板を下ろし、中国大陸の覇権争いから降りたい台湾
  • 覇権争いからの脱落を認めず、台湾の併合を狙う中華人民共和国

・・・という分かりづらいものとなったのです。

中華人民共和国は軍事大国、「台湾独立を宣言したら軍事的な手段もあり得る」と軍事力まで使って台湾を脅迫しています。実際、李登輝総統時代は総統選挙の期間に「軍事演習」と称してミサイルを近隣の海域に打ち込むというかなり露骨な圧力を掛けていたこともありました。

中華民国の「台湾化」進む

そんなこんなで、台湾本土出身の李登輝総統登場から「中国」にこだわり、「台湾」呼称を避ける方針も大きく変わることになりました。しかし「台湾」をいきなり国名扱いすることはやはり政治的に大変難しいことでした。

当時は中華人民共和国の存在だけでなく、台湾内の中国大陸出身者で中国人としての意識(アイデンティティー)が強い人からの反発も強いものもあったのです。よってその辺を考慮しつつ、実質的な「台湾化」がすすめられたのです。

「台湾省」は「事実上」廃止

1988年に「台湾省」を事実上廃止する際も慎重な言い方がなされました。中国語で正式には「臺灣省政府功能業務與組織調整」といい、通常は「省虛級化」、「凍省」、「精省」などと呼ばれます。日本語だと「(台湾)省形骸化」、「(台湾)省凍結」、 「(台湾)省簡素化」ぐらいのニュアンスです。

具体的には地方自治体としての扱いを取りやめ、議会を廃止し、中央政府の地方出先機関とし、名目だけ残したのです。

また、福建省については実質統治下だった金門県(金門島)や連江県(烏坵島、馬祖島)が中国大陸とは目と鼻の先で冷戦の最前線だったこともあり、1992年11月まで戒厳令が施行されていました。

戒厳令が施行されている状態を「軍政」とも言いますが、立法・司法・行政のほとんどが軍に移管されており、省議会も廃止されるなど、福建省は既に形骸化した状態でした。よって特に台湾省のように大幅な組織変更を必要としなかったのです。

更に台湾省・福建省で、毎年2.8億元(2016年予算、約10億日本円)近くかかっていた予算を削減するため、わずかに残っていた業務も全て中央政府の機関に移行。2019年からは予算もゼロとなりました。

こうやって台湾省や福建省が形骸化したことで、これらの省に所属する各地方自治体は、直接中央政府とやり取りをするようになったのです。

台北・高雄集中解消も大きな課題だった

台湾の地方自治については、中央政府直轄の台北市・高雄市がそれ以外の県・市と比べて中央政府からの予算配分で優遇されているという問題もありました。

例えば1999年の法規でみると、台北市・高雄市が中央からの予算配分の43%を取り、残りをそれ以外の57%を残りの地方自治体で分配することになっていました。人口で台湾全体の20%、面積だと2~3%の地域に中央政府からの予算が多く分配されていたのです。

しかも台北市や高雄市は自主財源も他の地方自治体よりは恵まれているので格差はさらに大きくなりました。

中央政府直轄市への昇格

そこで行政効率の改善、地域格差是正、台湾全土の均衡を狙い、規模が小さい地方自治体を合併させ、中央政府直轄市にする方策が取られました。予算の配分も改善されています。

中央政府
  • 台北市
  • 高雄市(旧高雄市+高雄県)
  • 新北市(旧台北県)
  • 台中市(旧台中市+台中県)
  • 台南市(旧台南市+台南県)
  • 桃園市(旧桃園県)
  • (台湾省:名目のみ)
    • 基隆市など14県・市
  • (福建省:名目のみ)
    • 金門県(金門島)
    • 連江県(烏坵島、馬祖島)

そうは言いつつも、都会を抱え、自主財源がある程度ある直轄市と自主財源に乏しい地方都市との差はあり、直轄市の中でも台北市が比較的豊かだったりします。

また地図を見るとわかりますが、ピンクの直轄市は人口では7割近くを占めるものの、面積比では3割程度でまだ少なく、また北部を見ると直轄市の中に非直轄市(基隆市)が取り残されたり、台北市とそれを取り囲む新北市が別の自治体になっていたりと効率化の点ではまだ課題が残ります。

台湾の直轄市(ピンク)
台湾の直轄市(ピンク)

さらなる合併構想も過去にあったのですが、政治的な要素もあり、今の所はこういった状態になっています。

参考文献 (クリックすると一覧を表示)
  • 中央統籌分配稅款分配辦法 (https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawOldVer.aspx?pcode=G0320020&lnndate=20090916&lser=001、1999年09月16日改正)
  • 直轄市 (中華民國) – 維基百科,自由的百科全書 (https://zh.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%9B%B4%E8%BD%84%E5%B8%82_(%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%B0%91%E5%9C%8B)&variant=zh-tw&oldid=58731249、2020年03月27日閲覧)
  • 臺灣省政府功能業務與組織調整 – 維基百科,自由的百科全書(https://zh.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%87%BA%E7%81%A3%E7%9C%81%E6%94%BF%E5%BA%9C%E5%8A%9F%E8%83%BD%E6%A5%AD%E5%8B%99%E8%88%87%E7%B5%84%E7%B9%94%E8%AA%BF%E6%95%B4&oldid=56325308、2020年03月27日閲覧)
  • 臺灣省 – 維基百科,自由的百科全書 (https://zh.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%87%BA%E7%81%A3%E7%9C%81&oldid=58766165、2020年03月27日閲覧)
  • 福建省(中華民國) – 維基百科,自由的百科全書 (https://zh.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A6%8F%E5%BB%BA%E7%9C%81_(%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%B0%91%E5%9C%8B)&oldid=58766239、2020年03月27日閲覧)
  • 戒厳 – Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%92%E5%8E%B3&oldid=76454229、2020年03月27日閲覧)
  • 臺北市政府衛生局-[北市府]新聞稿-因應臺北縣升格準直轄市,財政部擬減少北高二市之中央統籌分配稅款 臺北市民權益將受到嚴重損害,市政府表達嚴正反對之意見 (https://health.gov.taipei/News_Content.aspx?n=4F01EBDF8F61F315&sms=72544237BBE4C5F6&s=9FB0C4B059771EF4、2020年03月27日閲覧)
  • 2010年中華民國縣市改制直轄市 – 維基百科,自由的百科全書 (https://zh.wikipedia.org/w/index.php?title=2010%E5%B9%B4%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%B0%91%E5%9C%8B%E7%B8%A3%E5%B8%82%E6%94%B9%E5%88%B6%E7%9B%B4%E8%BD%84%E5%B8%82&variant=zh-tw&oldid=57761017、2020年03月27日閲覧)
  • File:Taiwan Province License Plate 1994-2008.jpg – Wikimedia Commons (https://commons.wikimedia.org/w/index.php?title=File:Taiwan_Province_License_Plate_1994-2008.jpg&oldid=293826797&uselang=zh-tw、2020年03月27日閲覧)

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