紀元前359年、中国の春秋戦国時代、秦が商鞅を招き、法家主義による改革を進めたことは良く知られています。どちらかというと民衆を抑圧した法支配の過酷さを強調されることが多かったと思いますが、そうではない解釈も見られるようになりました。

既得権益と戦い、民衆のために改革

既得権益と戦い民衆のための改革を行ったという観点で商鞅たちの活躍を描いた「大秦帝國」という小説・テレビドラマが作られています。若干の脚色はあるのですが、国民全体の意欲を上げ、国家の活力を引き出す数々の施策が、既得権益と衝突する様が実に巧みに描かれています。以下ドラマでの描写を元に書いています。

既得権益層も「かわいそう」に見える

秦は中原(中国大陸中心部)とは生活習慣も違い、貧しかったため、野蛮な二流国扱いされていました。例えば土地解放をして地主から余分な土地を取り上げ、小作人に分配しようとすると、土地が取り上げられる地主も土地を余分に持っているものの、自分自身でも耕している普通の「庶民」だったりするわけです。

地主は涙を流してこう訴えます、「自分たちは何代にもわたって国のために尽くし、この土地を与えられた。この経緯を無視するとは、余りにも無情だ!」と。真剣にそう思っているからこそ、その涙や訴えには迫力があります。

改革には必ず損をするかわいそうな「庶民」が出る

でも、その涙の裏には、地主が所有する土地を耕す小作人は、正しく奴隷のような生活を強いられ、人身売買され、人として扱われていない事実が隠れています。人として扱われていないので、国のために年貢を納めても、武器を取って戦っても評価されることもありません。功績は全て地主の物なのです。これでは生産の多くを担う小作人の意欲が高まらず、国全体も豊かになりません。

これを是正し、小作人を人間扱いし、土地を分配する。また年貢を多く収めたり、戦で功績をあげたら、小作人であっても褒美が与えられる。これを地主の観点から見ると自分の土地を奪われ、褒美を小作人と分け、何より今まで低く見ていた小作人と同じ扱いになってしまう。地主から見ると改革は改悪以外の何物でもない。こうやって改革をやると必ず損をする「庶民」がいるのです。

現在の改革でも必ず損をする「庶民」が出る

現在の改革もこのドラマと同じような状況に見えるときがあります。改革に対して、悪影響な面が強調されますが、それが誰にとって悪影響なのかについては曖昧にされています。国民が主役の国では改革によって得をする人も損をする既得権益者もどちらも「庶民」であることが多いはずなのです。

一部の人が損をしても、それによってより多くの人が幸せになれる可能性があるのであれば、やはり改革していくべきこともあるはずですが、どうしても損をする人の声が大きく聞こえるところが改革の難しいところだし、この辺は古代中国の時代から変わらないと感じます。

(参考資料)

(2013年12月9日 更新)

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